発掘調査で見つかった遺物の年代推定は、「編年」と呼ばれる方法が一般的ですが、前回の動画で述べました通り、かなり大きな誤差を生じます。そこで、世間から注目されている遺跡や遺物については、最先端科学技術を用いて、より正確な年代推定が行われます。ただし、そこでも幾つもの問題点が存在しています。
今回は問題点を論ずる前提として、放射性炭素年代測定がどのように行われているかを示します。
まずは、放射性炭素年代測定の概要です。
生物を形作る炭素元素は、二酸化炭素として、大気圏、生物圏、水圏へと拡散して、植物体やそれを食する動物体に取り込まれます。
この炭素元素には、重さの異なる3種類の炭素同位体(炭素12・炭素13・炭素14)が存在します。
動植物が生命活動を行っている間は、動植物が体内に取り込んでいる炭素の割合は自然界の割合と平衡状態にあります。
ところがその動植物が死んでしまうと、体内に取り込まれていた炭素12と炭素13は安定しているのに対して、炭素14は新半減期に従って時間の経過とともに一定の割合で減少します。
この炭素14が規則的に減少するという性質が正確に時を刻む時計の役割を果たし、これを利用して年代測定を行なうことができるのです。
なお、生きている時の炭素の割合は、
炭素12:炭素13:炭素14 = 0.99 : 0.01 : 1.2×10-12
となっています。炭素14は大多数を占める炭素12の約1兆分の1という僅かな割合で、存在しています。また、半減期は、5730年とされています。
微量の炭素14の減り方から、生物が死んでから何年経ったかを測定できるのです。これが放射性炭素年代測定の基本です。
現在はこの中でも、「AMSエイエムエス法」という、より精密な年代を調べることができる手法が主流になっています。
放射性炭素年代測定法をより進化させた技術が、加速器質量分析法です。一般にAMS法と呼ばれています。
この特徴は、より精密な年代推定が可能になった事と、従来の千分の一というほんの僅かな試料で検査が可能になった事です。要するに、測定に必要な試料が炭素1g以上だったものが、この方法ではその千分の一の1mgの炭素の量で測定が可能になった訳です。そのため、貴重な文化財を壊さずに測定できるようになり、対象となる試料の種類が大幅に広がりました。
従来は、炭素14の崩壊を待つ必要があった為に時間が掛かり、試料も多く必要でした。AMS法では、試料中の炭素14の数そのものを直接数えるのが特徴で、時間の短縮と少量検査を可能にしました。
この方法のさらなる利点としては、、今までは採取できる量が少なくて測定ができなかった試料や、貴重な文化財などからの採取する試料は最小限に抑えられます。出土した遺物を破壊する事なく検査できるようになったのです。
AMS法の応用は、発掘調査から出土した遺物の年代測定だけではありません。
・地層や地質年代測定
・海底堆積物や湖底泥の年代測定
・香料等の天然物か合成物かの判断
・海洋水や階層深層水の年代測定
・有機材料評価
・新薬研究開発の為の薬物動態分析(医薬トレーサー)
・古美術物などの真贋判定
など、多岐にわたります。
AMS法での実際の分析方法の流れは、次の通りです。
1.ピックアップ:まず、試料表面の汚れを物理的に取り除きます。
2.AAA処理:次に、試料内部の汚染物質を化学的に除去します。
3.試料の酸化:試料中に含まれる炭素を二酸化炭素にします。
4.CO2精製:水や窒素などから二酸化炭素を単離・精製します。
5.還元:精製した二酸化炭素をグラファイトにします。
6.グラファイトを充填させたカソードをホイールに装填します。
7.加速器にホイールを装填し、炭素同位体比を測定します。
8.炭素同位体比とδ炭素13の値から、年代値を算出します。
現実的な話ですが、このAMS法で、出土品の測定を依頼した場合に掛かる費用を示します。
一試料に付き、約七万円です。安いような、高いような。
はっきりしているのは、一般人が気軽に依頼できる金額ではありませんし、自治体の埋蔵文化財センターも気軽には依頼できないでしょう。なにせ、一ヶ所からの出土品は数千点にも数万点にも及びますから。
やはり、世間が注目する遺跡や出土品、考古学学会が注目する遺跡や出土品でない事には、利用できない最先端技術と言えましょう。
なお、分析に掛かる時間は、たったの一時間で出来るそうですが、下準備から報告書作成までに掛かる時間を含めて、最短で一週間、長くても2ヶ月ほどです。
AMS法を行っているのは、民間の研究所ですので、報告書が出るまでの時間で、料金が変わってくるだけの話です。
炭素14を利用した年代測定は、AMS法の開発により大きな発展を遂げました。かつては精度の問題から、数万年以上前の遺物の測定にだけ用いられていましたが、現在は弥生時代という2000年前の比較的若い試料についても行われるようになっています。
但し、地球の気の遠くなる長い歴史から見れば、邪馬台国時代は、わずか1800年前です。技術が進化しているとはいえ、まだまだ高精度とまではいきません。
次回は、それらの問題点について述べて行きます。