弥生土器の胎土分析 お金さえあれば・・・

 弥生土器が作られた場所を特定するには、胎土の分析が必要です。土器に使用された土には、地域ごとに個性のある岩石成分を含んでいますので、それが分かれば土器の移動だけでなく、人間の移動も浮かび上がってきます。

 胎土分析は、古くから行われている「記述岩石学」と、科学技術を駆使した「岩石成因学」とに分けられます。

精度という点では、科学技術を用いる方が格段に高いのですが、当然ながら費用も高いので、現在でも「記述岩石学」が主流のようです。

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科学技術

 各地から出土する土器や土製品は、胎土に含まれる岩石や鉱物の組成と、出土周辺地域の地質を比較することが重要です。それは、その土地で作られたものか、外部から搬入されたものであるかという、産地の推定だからです。これは、土器を作っていた職人たちの移動か、あるいは土器を携えた商人たちの移動か、という人々の動きを示す大きな指標となります。

 縄文土器や弥生土器のような低温焼成の土器に関しては、実体顕微鏡を使った胎土の観察だけでも、産地の同定がある程度は可能です。ところが、陶器に近い古墳時代の須恵器などは、1100℃以上という高温火度で焼成するため、鉱物のほとんどは融けてしまい、産地同定が困難となってしまいます。従来型の分析手法では、高温焼成の土器の成分分析は不可能でした。ところが、現在では科学技術の進歩によって、陶器の産地特定も可能になっています。

 もちろん、低温焼成の弥生土器についても、精度が格段に向上した事は言うまでもありません。

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岩石学

 土器の胎土を分析するには、岩石学を基本とする手法になります。

 岩石学は、岩石の多様性とその成り立ちについて研究する地質学や地球科学の一つの分野です。

この中でも、大きく二つに分けられます。一つは「記述岩石学」、もう一つは「岩石成因学」です。

 記述岩石学は、岩石の性質を記載し、名前をつけ、分類するような種類の研究を行う学問の事です。含有鉱物に着目して、ルーペ、実体顕微鏡、偏光顕微鏡、などで鉱物の組成、種類、量を検討する方法です。感覚的に分かりやすい胎土分析ですねぇ。18世紀頃から始まったクラッシックな手法ではありますが、現在でも、土器の胎土分析の主流は、この方法です。

 一方、岩石成因学は、岩石の化学組成を調べ上げる学問です。当然ながら、記述岩石学のような顕微鏡を使ったところで元素レベルの組成まで分かるはずもありません。科学技術を用いた元素分析という事です。この岩石成因学を基にする科学的手法には、「蛍光X線分析」と「誘導結合プラズマ質量分析」があります。

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蛍光X線

 蛍光X線とは、元素に特有の一定以上のエネルギーをもつX線を照射することによって、その物質を構成する原子の内殻の電子が励起されて生じた空孔に、外殻の電子が遷移する際に放出される特性X線のことです。そのX線は、内殻と外殻のエネルギーギャップに対応する波長となりますので、岩石固有の周波数を持ったX線が放出されるという事です。

 エネルギーギャップを実験的に求めることにより、測定試料を構成する元素の分析を行うことができる訳です。また、その強度を測定することにより測定試料中の目的元素の濃度も求めることができます。

 これを利用した科学分析は多方面にわたっており、考古学の分野では、土器や土製品の胎土分析、および産地を同定することに利用されています。

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誘導プラズマ

 誘導結合プラズマ質量分析とは、物質を霧状にし、プラズマを発生させてイオン化して、その質量を測定する方法です。

 具体的には、出土した土器を酸などの溶液に溶かし、試料溶液を噴霧器で霧状にし、これをアルゴンプラズマの中でイオンにします。生成したイオンを質量分析計で分析することで試料溶液中の濃度が分かります。

これにより、土器の胎土の元素構成が明らかになるのです。

 この方法は、一般には半導体工場で使われています。ナノミクロンという超微細な電子回路を製造するには、余計な物質を完璧に除去しなければなりません。工場のクリーンルームのクリーン度の測定から、シリコンウエハーの純度、各種液体薬品の純度、注入物質に含まれるべき不純物の適量測定など、さまざまな行程で、この誘導結合プラズマ質量分析が用いられています。

 考古学という分野でも土器の胎土の元素構成分析に役立つとされています。

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分析

 蛍光X線分析や、誘導結合プラズマ質量分析という最先端技術で、弥生土器の胎土産地の特定が可能になっていますが、残念ながら現在のところ、大きな成果は上がっていないようです。おそらく、お金の問題でしょう。考古学という、産業界にとって無くても全く問題ない分野に、大金をはたいて科学分析する価値はない、という事だと思います。

費用対効果、という観点からは、考古学には経済的効果は期待できませんので、仕方ありません。

 これまでも、素粒子ミュオンを使った古墳の内部撮影や、放射性炭素年代測定などを紹介しましたが、やはりお金の問題で、そう簡単には最先端技術を使った古代史解明は難しいという事です。

 私見ですが、弥生土器の胎土分析による産地推定が進めば、「邪馬台国時代に近畿地方と九州地方との交流は無かった」という結論に達すると推測します。博多湾の西新式土器は、近畿地方での出土はほとんどありませんが、近畿地方の庄内式土器は西新町遺跡から多量に出土したとされています。それらは、近畿から九州へ運ばれたものではなく、北陸から九州へ運ばれたもの、あるいは北陸の土器職人が九州の胎土で焼き上げたもの、と推測します。

 いずれにしても、最先端技術を考古学の分野で手軽に使える日が来る事を願います。