中国大陸からの使者

 奈良時代から始まった中国大陸との交流・遣渤海使。その窓口は九州ではなく、高志の国でした。現在の福井県敦賀市に、『松原客館』という出入国の拠点を設けて管理していました。現代で例えるなら、出入国管理局のような場所だったようです。

 遣隋使や遣唐使の場合は、九州・大宰府がその役割だった事は有名です。

 中国大陸との交流をイメージすると、地理的に九州だけが窓口と思われがちですが、古代史を辿れば必ずしも、そうではなかったようです。

 奈良時代からの公的な交流という事は、民間の交流はさらに数百年は遡ります。邪馬台国時代からの中国大陸との関係を探る上で、重要な史実です。

 今回は、遣渤海使が高志の国・敦賀に到着するまでの航路を、史実と日本海の特性から検証します。

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渤海使の着岸地[邪馬台国]

 まず、渤海の使者が着岸した地点です。

渤海からの使者は、34回来日した記録が残っています。着岸地点までは、途中で寄港した地点の記載がありませんので、渤海から一気に日本海を渡り切ったと思われます。

 記録には、全ての着岸地が記されているわけではありませんので、おおよその傾向を示します。

 初期のころは、高志の国・敦賀から能登半島、更には佐渡島や出羽の国・秋田県にも着岸していました。後半になると、出雲の国から高志の国に着岸していました。どちらも、途中で他の港に寄港した記載はなく、渤海から日本海側の各地に直接到着したようです。稚拙な航海技術の為に、着岸地にバラツキが出たようです。

 いずれにしても、現在の福井県敦賀市に『松原客館』という渤海使の窓口がありましたので、間違いなく高志の国を目指して航海していたようです。

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渤海からの航路[邪馬台国]

 渤海使が着岸した季節は、秋から冬に掛けてです。日本海に北西の季節風が吹き始める季節ですので、それを利用したと思われます。海は時化ますが、風向きが複雑に変わる台風や低気圧とは異なり、西高東低の冬型の気圧配置であれば、風向きは常に一方向で安定します。渤海使は、秋から冬に掛けての季節風の特性を熟知していたのでしょう。

 また、海流の特性も利用しています。樺太から南へ流れるリマン海流と、西から東へ流れる対馬海流です。

 これらの海流は、時速2キロ程度の潮流です。渤海から高志の国までの海路距離を、寄港地無しの1000キロとすれば、風力や動力が無くても、20日程度で越前海岸に到着します。

 季節風と海流の両方を利用すれば、10日もあれば渤海から高志の国まで到着できる計算になります。もちろん、自然の力は計算通りには行きません。冬型の気圧配置が10日連続するわけではありませんし、海流の方向や流速も必ずしも一定ではありません。越前海岸に到着するはずが、初期の頃は、佐渡島や秋田県あたりまで流されていました。また、古代の稚拙な船や航海術では、遭難・難破も多かったと推測します。

 いずれにしても、奈良時代よりも遥か昔から、季節風や海流の特性を良く理解していたからこそ、冬の日本海を航海する事が可能だったのでしょう。

 遣渤海使という公的な交流の大前提として、中国東北部と高志の国との民間交流が、かなり古い時代から始まっていた事は、容易に推察されます。

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松原客館の役割[邪馬台国]

 大和朝廷は、渤海使の窓口として高志の国・敦賀に『松原客館』という施設を設けていました。遣唐使の窓口だった九州・大宰府と同じ役割です。

 日本海側の各地に着岸した渤海使は、その土地の国司に通報され、所持品検査などを行った後、敦賀に移送されました。

 ここで正式に国書などの書類審査を行って、問題がなければ、平城京または平安京へ客人として招かれ、天皇に拝謁しました。

 渤海とは、200年もの長い付き合いとなりましたが、その間に、窓口が高志の国・敦賀から九州・大宰府へと変更された事もあったようです。しかし、すぐに撤回されて敦賀に戻されました。近畿地方の喉元とも言える敦賀に外国との窓口を設けるのは、朝廷にとって危険を伴いますが、これを容認しています。よほど、渤海との親交が深く、信頼していたのでしょう。

 日本海は、冬の時期を除いて、穏やかな優しい海です。春・夏・秋であれば、海が荒れ狂う事はほとんどなく、太平洋や瀬戸内海よりも航海の容易な海です。ところが、渤海使は、敢えて秋から冬の季節風を利用して一気に日本海を渡って来ていました。これは、造船技術や航海術が想像以上に進んでいたのかも知れません。

 また、高志の国が弥生時代から中国東北部との関係があった事を鑑みると、渤海―高志間の航路は、民間交流レベルでは想像以上に頻繁に使われていたのかも知れません。

 次回は、遣渤海使の航路、すなわち日本から中国東北部への航路を検証します。この航路は、季節風や海流を逆行する行路ですので、さらに謎を秘めています。