高句麗から直輸入

 邪馬台国時代(三世紀)の『鉄』の供給元は、朝鮮半島南部の弁辰か、中国大陸東北部の高句麗か。

 前回までに、鉄の輸送手段としての船の性能を検証してきました。「なみはや号プロジェクト」の実証実験結果では、古代船が「潮流依存」の物資運搬船であることを確認しました。

 この結果は、航海ルートの観点から、鉄の供給元が高句麗である可能性を高めました。日本海巡回航路を利用すると古代船の特徴を生かせるからです。

 今回は、三韓征伐から推測される高句麗との鉄取引と、日本海を一気に渡りきる航海ルート可能性について検証します。

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沖乗り・地乗り

 邪馬台国・高志の国が、高句麗から鉄を仕入れていた場合を考えます。

高句麗へのルートは、二種類です。時計回りの地乗り航法か、反時計回りの沖乗り航法です。

 地乗り航法の場合、対馬海流に逆らって九州へ向かい、さらにリマン海流に逆らって中国東北部へ向かう事になります。これは、古代の準構造船で移動するには、ほぼ不可能です。古代船は、潮流に依存する稚拙なものだからです。

 一方、沖乗り航法の場合、対馬海流の支流に乗って北上し、さらにリマン海流に乗って西へ進めば中国東北部・高句麗へ到着します。

 これは、奈良時代の遣渤海使のルートと同じです。弥生時代末期の船舶の性能が、奈良時代と同じ準構造船なので、不可能とは言えないでしょう。

 航海に要する日数を単純計算してみます。

・対岸までの最短距離を800キロ

・海流速度を時速5キロ

とし、1日24時間流されますので、たったの7日間で渡り切る事が出来ます。

もちろん自然条件は常に変動するので、計算通りには行きませんが、海流だけの動力でも、僅かな時間で到着できる可能性はあります。

 当然ながら、沖乗り航法は大変危険です。邪馬台国が相当な覚悟を持って、命がけで高句麗へ向かった事は容易に想像できます。

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航海に要する時間

 次に、高句麗で「鉄」を積み込んだ後の、帰りのルートです。これは、単純に、中国東北部の港からリマン海流に乗って南下し、さらに対馬海流に乗って、素直に東へ向かえば良いだけです。これは、朝鮮半島の東岸を沿うように進み、日本の山陰地方を沿うように進めばよいので、比較的安全です。

 

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帰還ルート

 但し、記録に残る八世紀でさえ、着岸地点は、対馬から出羽の国・秋田県までの広範囲でした。これは、中国船を使った渤海からの使者の記録です。

潮流任せの古代船ですので、目的地である高志の国・敦賀に正確に到着していたわけではありません。奈良時代の中国の航海技術でさえ、特定の港に着岸することは、不可能だったのでしょう。それでも、着岸できるだけ幸せで、海の藻屑にならないだけ、日本海航路は安全だったとも言えます。

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着岸地のバラツキ

 このように、可能性の一つとして、高句麗からの「鉄」の輸入は、日本海巡回航路を挙げる事ができます。

 なお、最も古い高句麗との直接交流の公式記録が、日本書紀に記されています。やはり、交流があったのは、九州ではなく高志の国でした。

欽明三十一年(西暦五七〇年)に高志の国に高句麗の使者が到着したという記述です。

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高句麗との最古の記録

 ここで、古代船による沖乗り航法の危険性を端的に示した歴史を紹介します。

八世紀の遣唐使船です。

 遣唐使船は、初期の頃は、北部九州より朝鮮半島西岸を地乗り航法で進み、山東半島に至るルートでした。

 その後、朝鮮半島情勢の悪化で、五島列島から東シナ海を横断するルートに変更されました。500キロ以上の危険な沖乗り航法です。この時期には、難破が頻発しています。対馬海流とは逆方向になるので、潮流の力は期待できません。補助的な風力や、非力な人力に頼らざるを得ません。

 南風の吹く六月~七月に出航していましたが、潮流の力を得られない航海なので、難破が頻発したわけです。

 この時代には、遣渤海使のルートを使って唐の国に入った事例があります。遣渤海使ルートの方が遠回りになりますが、順方向の確実な潮流があるという点で、安全だったという事でしょう。

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危険な沖乗り航法

 弥生時代末期の準構造船の性能から、日本海巡回航路による高句麗からの『鉄』の輸入は可能だったと推測しました。記紀に記されている三韓征伐の順路とは逆になりますが、高句麗→新羅→百済 と征伐した可能性が出てきます。

 一方、高志の国から地乗り航法で朝鮮半島南部へ向かう可能性も、否定できません。魏志倭人伝の、

「不弥国から水行20日で投馬国、投馬国から水行10日・陸行一月で邪馬台国」

との記述にピッタリ一致するルートだからです。

 次回は、魏志倭人伝と一致する「北部九州-高志」間の航路を基に、朝鮮半島南部での鉄の取引の可能性を考察します。