水田適地は猫のヒタイ

 日本列島は80%以上が山岳地帯ですので、平野は僅かです。その平野も、成り立ちは様々なので、天然の水田適地はさらに少なくなります。それに輪をかけて、日本列島は活火山が多いので、火山灰の作用による稲作に適さない土壌も広

く分布しています。

 日本人は、まさに「猫のヒタイ」の水田適地を利用して生き延びてきた逞しい人種と言えます。

 今回は、日本列島における主な土壌の種類と、低地土分布を示します。

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水田適地の割合

 これまでの動画の中で、天然の水田適地は、「巨大淡水湖跡の沖積平野」という表現を使ってきました。これはとても大雑把で、実際には様々な土壌があり、その中には稲作に適さない淡水湖跡地も存在します。

 水田稲作に適する土壌は低地土、適さない土壌は黒ボク土、などがあります。土壌の種類を細分化すると数えきれないほどありますので、ここでは、大きく9種類に分類します。

 低地土、黒ボク土のほかに、褐色森林土、ポドゾル、有機質土、暗赤色土、赤黄色土、停滞水成土、未熟土、などです。

 面積割合では、黒ボク土が最も大きく、日本列島の31%を占めています。次いで、ほぼ同じ割合の30%で、褐色森林土が続きます。

 水田稲作に適する低地土は、わずか14%程度です。

今回はまず、低地土に焦点を当てます。

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低地土

 低地土は、天然の水田適地となる条件を備えた土壌です。山々からの堆積物によって出来た平地部分が、この土壌です。栄養豊富で水はけが悪く、平坦な土地である事が特徴です。

成り立ちは、①河川の作用による堆積物が積みあがった沖積平野や、②湖や沼が干上がって底の部分が表出した沖積平野です。

 これまでの動画の繰り返しになりますが、今一度、模式図を使って説明します。

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河川による沖積平野

 まず河川による沖積平野の場合です。

 山々からの河川の堆積物によって平野が広がって行く様子です。人間の手が加えられない場合、沖積層はまず湿地帯となり、水が引いて草原地帯となり、やがて密林地帯へと変貌して行きます。

  この中で、水田稲作に適した土地は、湿地帯から草原地帯へ変貌した場所です。密林地帯を開墾する必要もなく、平坦で水はけの悪い「低地土」ですので、ここへ灌漑用水を施せば、水稲栽培には最高の土地となります。

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淡水湖跡の沖積平野

 次に、湖や沼が干上がって底の部分が表出した沖積平野です。ここでは、日本海側の平野の特徴を述べます。

7000年前の縄文時代に、地球温暖化によって縄文海進と呼ばれる海面上昇が起こりました。それによって、現代の平野のほとんどは海の底になりました。

 縄文海進が終わった後も、日本海側の各地は対馬海流の影響で水の出口が塞がれ、淡水湖として残りました。湖底には、数千年かけて山々からの堆積物が積もります。そして、やがて湖の水が引き、平坦で水はけの悪い沖積平野が現れます。

この時期が、弥生時代という水田稲作が伝来した時期に重なると、密林地帯になる前なので開墾の必要もない、天然の巨大な水田適地となるのです。

 土壌の質は、水田稲作に最高の低地土です。

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低地土の分布

 この日本地図は、現代における低地土の分布を示しています。日本列島の14%を占めており、全国に分布しています。特に、大きな河川の下流域の分布が顕著です。この低地土が分布している土壌が、水田稲作には最適となります。

 但し、気を付けなければならないのは、現代の分布と2000年前の弥生時代とは全く違っているという事です。

筑紫平野、濃尾平野、関東平野などの、大きな川によって作られた平野は、弥生時代にはまだ、ほとんどが三角州や海の底でした。

また新潟平野という現代の米どころですが、弥生時代には、淡水と海水が混ざった汽水湖でした。この湖の水が引くのは、ずっとずっと後の近代になってからです。僅か50年前でさえ、新潟平野は沼地だらけで、農業を行える場所は非常に限られていました。同じような事例は、日本海側各地にあります。

 この中で古代から広い範囲で低地土が存在していたのは、淡水湖跡の沖積平野です。

注目すべきは、近畿地方です。ここには弥生時代まで、「河内湖」や「奈良湖」という大きな淡水湖が存在していました。そして古墳時代には、それらが干上がって低地土の広大な水田適地になりました。これによって、爆発的な人口増加をもたらし、ニッポンの中心地となったのです。

 では邪馬台国地代は?

 近畿地方よりも一足早く淡水湖の水が引いた場所です。これが私の、邪馬台国越前説の一番大きな根拠です。

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低地土の細分化

 低地土は、粒子の細かさによる水はけや、地下水位の影響などから、さらに5種類に分けられます。

低地水田土、グライ低地土、灰色低地土、褐色低地土、未熟低地土、です。

そして、それぞれの土壌もさらに細分化されるのですが、ここでは控えます。

要は、現代においては土壌の質を詳細に研究する事によって、その土壌に適した作物を栽培したり、土壌を改良したりと、様々な工夫がなされているという事です。

 土壌の種類による分布図は、地域ごとの適した作物を知る上で、とても役に立ちます。しかしながら、弥生時代の日本列島の地形は、かなり異なっていた事も十分に理解しなければなりません。水田適地は、まさに「猫のヒタイ」でした。

 現代の分布図から弥生時代の邪馬台国を推測すると、関東平野、濃尾平野、筑紫平野という「トンデモ説」が導き出されてしまいます。

 次回は、日本の土壌の中で最も広く分布する黒ボク土に焦点を当てます。