邪馬台国は「朱の王国」だった

 魏志倭人伝の女王國の記述の中に「其山有丹」というのがあります。丹とは、硫化水銀からなる朱色の鉱物の事です。魏への朝貢の品々の中にも「丹」と記した品目があることから、倭国ならではの重要な産品だったのでしょう。

 丹(朱)が邪馬台国においてどれだけ珍重されていたかを調査する目的で、この書籍を読みました。

しかし残念ながら、タイトル倒れで期待外れの内容でした。

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丹とは

 この書籍を紹介する前に、丹について簡単にまとめておきます。

丹とは硫化水銀からなる朱色の鉱物の事で、火山列島である日本各地で採掘されています。

朱色の塗料としてだけでなく、薬品の素材、防腐剤、防虫剤としても広く利用されていました。

 弥生時代や古墳時代の棺の中には、遺体と一緒に丹が撒かれているケースが多いようです。

 古代中国では、不老不死を願う神秘的な薬品として珍重されました。

邪馬台国の時代に、この「丹」がどれほど普及し、研究されているのかを知りたくて、この書物を手に取った次第です。

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著者略歴

 まず、著者の略歴です。

お名前は、蒲池明弘様。

1962年 福岡県生まれ、育ちは長崎県

早稲田大学卒業後、読売新聞社に入社

退社して独立、桃山堂株式会社設立

歴史や神話に関わる出版、著述活動を始める

著書に「火山で読み解く古事記の謎」などがある

 なお出版時期は、2018年7月です。

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序文

 序文の中で、著者の意図が読み取れます。そこには、朱(丹)の重要性を説きながら、邪馬台国~奈良時代(2世紀~8世紀)もの長期間の神話や事件と、朱との関係性について語られています。そして主に奈良時代に焦点を当てているという印象でした。

 「邪馬台国をタイトルに掲げながら奈良時代を取り上げる理由は、・・・」と、ご自身でもおっしゃっています。

 著者の意図はよく分かるのですが、それならばタイトルを「奈良時代は朱の王国だった」として欲しかったです。

おそらく商業的な理由でしょう。「奈良時代」とするよりも、「邪馬台国」とした方がインパクトがあり、読者はミステリアスに感じるからです。あざといですね。

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丹の視点

 この書籍の良い点は、二つあります。

まず、古代日本の大国を探る上で、丹の視点を持ってきた事です。

古代史ファンタジーを妄想すると、鉄製品や銅製品、あるいは翡翠や碧玉などの宝石類の交易に目が行きがちですが、丹という実用的な薬を交易品として着目したのは、素晴らしいと思います。

 人間が生きて行く上での必需品は、衣・食・住が基本ですが、その次に来るのは「薬」でしょう。生傷が絶えなかったであろう古代において、丹という産品は「仙薬」として崇められたと想像するに難くありません。

 そしてその産出地は、火山国・日本ですので、大陸との交易の主力だったのでしょう。

次に、丹の産地です。

 古代からの丹の産地は、地名に残っています。丹が生まれる、すなわち「丹生」という地名です。

よく知られているところでは、福井県に丹生郡という地名が現在でも残っていますし、三重県多気(たき)郡多気町には、以前は丹生村という場所がありました。これらは当然ながら丹の産地です。

 この書籍で知ったのは、意外にも九州でも丹が産出されるという事です。長崎県には丹生川という河川があるとの事です。また、中央構造線に沿って、近畿、四国、九州に産地が点在しています。

 邪馬台国の比定地として、越前説、畿内説、九州説がありますが、いずれも丹の産地という事です。

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丹生
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交易の根拠なし

 この書籍の残念だった点は、三つあります。

一つ目は、邪馬台国時代の調査が不十分です。交易品として重要な産品だったとするならば、朝鮮半島や中国大陸での出土例が多くあるはずです。ところが、その点については全く触れていません。出土例が少ないのか、著者の調査不足なのかは、分かりませんが、最も重要な事が欠落しています。何の根拠を持って、交易品だったと主張したのでしょうか?

 二つ目は、日本国内での丹の活用が、奈良時代の話ばかりです。邪馬台国時代よりも500年も600年も後の時代です。

例えるならば、室町時代の火縄銃伝来と、その500年後の現代の最新鋭ミサイルとを、ごちゃ混ぜにしているようなものです。本のタイトルに「邪馬台国」と謳っている以上、その時代に焦点を絞って欲しかったです。現に、弥生時代の棺の中から遺骨と一緒に「丹」が発見されている事例は、数え切れないくらいある訳ですから、少なくともそれくらいは紹介すべきでしょう。

 そして三つ目は、神話とのこじつけが酷いです。弥生時代の考古学的な事例を全く紹介しない代わりに、記紀に記されている神話の曲解が目立ちました。神武天皇、神功皇后はもちろんの事、景行天皇、日本武尊などの、実在性の疑わしい人物の物語を、無理やり「丹」と結びつけて、自説の論拠としています。

 これらの残念な点を一言で言えば、「邪馬台国が朱で儲けた根拠がない」という事です。

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奈良時代の話ばかり
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神話とのこじつけ

 丹(朱)が邪馬台国においてどれだけ珍重されていたかを調査する目的で、この書籍を読みましたが、残念ながら、タイトル倒れで期待外れの内容でした。

 弥生時代の丹の出土については、出雲の古志遺跡群の墳丘墓で発見された丹と、越前の墳丘墓で発見された丹の成分が一致した、という事例があります。

  折角良い点に着眼したのですから、考古学的で科学的な事例を交えながら丹の重要性を説けば、説得力が増したのではないかと思いました。